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福岡家庭裁判所小倉支部 昭和59年(少イ)11号 判決 1987年1月30日

被告人 Y1(昭○.○.○1生)

KことY2(○○○○.○.○生)

LことY3(○○○○.○.○生)

主文

被告人Y1、同Y3をそれぞれ罰金10万円に、被告人Y2を罰金7万円に処する。

被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、金2000円を1日に換算した期間被告人らを労役場に留置する。

訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Y3は昭和59年5月8日頃から北九州市小倉北区鍛治町1丁目6番17号aビル2階において「○○○○」という名称で深夜にわたり客に酒食を提供するなどして遊興又は飲食させる飲食店を、開店資金、営業資金等を出資して事実上経営するもの、被告人Y1は被告人Y3の依頼を受けて同飲食店の営業許可名義人となり(営業許可は一般食堂としてである。)、従業員の採用、その指導、監督、営業方針の決定その他同店の営業に関する一切の業務を担当しているもの、被告人Y2は同飲食店の開店に際し実弟被告人Y3から応援を求められ、被告人Y1の右業務を補佐しているものであるが、被告人ら3名は、共謀のうえ、決定の除外事由がないのに、年齢を確認すべき注意義務を怠つて児童であるA子(昭和○年○月○日生、当時17歳)を同店のいわゆるホステスとして雇い入れ、同年6月13日から同女が客引き行為の現行犯として逮捕された同月22日までの間、同女を連日午後6時頃から翌朝午前5時までの営業時間中、同店において飲酒客との接待等、あるいは前記aビル1階道路付近で宣伝用のチラシ配り、客の呼び込み等に従事させ、かつ同月15日から同月22日までの間、当時同店のホステスの寮として使用されていた同市小倉南区△△b丁目c番d号被告人Y2宅及び同市小倉北区□□e丁目f番g号同被告人の両親宅に居住させ、もつて、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて児童を自己の支配下に置いたものである。

(証拠の標目)

一  被告人Y1の

1  当公判廷における供述

2  司法警察員に対する供述調書4通

3  検察官に対する供述調書2通

一  被告人Y3の

1  当公判廷における供述

2  司法警察員及び検察官に対する供述調書

一  被告人Y2の

1  当公判廷における供述

2  司法巡査(1通)及び司法警察員(3通)に対する供述調書

3  検察官に対する供述調書2通

一  第4回公判調書中の証人A子の供述部分

一  第3回公判調書中の証人B子、同C子の各供述部分及び証人D子、同E子、同F子の当公判廷における各供述

一  司法巡査作成の「営業許可書の作成について」と題する書面及び写真撮影報告書2通

一  佐賀県小城郡牛津町長作成の身上調査照会回答書

一  司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書の謄本

(弁護人らの主張に対する判断)

一  弁護人らは、本件において「○○○○」の営業責任者である被告人Y1と被害児童A子との間には単なる雇用関係があつただけで、児童福祉法34条1項9号に定める「児童を自己の支配下に置く」というような使用、従属の関係はなく、殊に、被告人Y3は、同店に出資はしているものの、営業の一切は被告人Y1に任せており自らは同店の営業に関与しておらず、被告人Y2は、単に同店のホステスとして雇用され、他のホステスと同様の仕事に従事していただけであるから、いずれも同店の従業員を採用し、これを指導、監督するような立場にないので、被告人らはいずれも無罪であると主張する。よつて判断する。

1  被告人らの本件飲食店での立場

前掲証拠によれば、次の事実が認められる。

被告人Y3は、昭和56年頃から北九州市小倉北区京町でスナツク「△△△△」を経営していたが、体調をこわし入院治療の必要が生じたため同店を閉鎖せざるを得なくなつていたところ、昭和59年4月頃本件飲食店でスナツク「□□□□」を経営していた義兄Gが店を閉じることとなつたため、当時一応健康を回復していた被告人Y3が同店を譲り受け、店の開店資金等約150万円位を出資して本件「○○○○」を経営することとなつた。しかし、被告人Y3は、未だ自らが常時店に出て営業の一切を切り盛りできる程健康ではなかつたため、前記「△△△△」の従業員であり、当時スナツク「◎◎◎◎」(H経営)の店長であつた被告人Y1に実際の店の営業を依頼することとし、同被告人に営業許可名義人になつてもらい、従業員の採用、その指導監督、営業方針の決定その他営業に関する一切の業務を担当してもらうこととした。被告人Y1は、右依頼を受けて本件飲食店の営業責任者、名義人となり店の業務一切を担当していたが、それでも店の出資者は被告人Y3であるので、毎日売上金を計算しては同被告人に渡し(被告人Y3と被告人Y1は同じ住所に居住している。)、営業方針等重要な事項については被告人Y3と相談のうえ決定し、被告人Y3も毎日午前零時頃には店に顔を出し、適宜必要な指示をしていた。被告人Y2は、昭和57年5月頃からスナツク「▽▽▽▽」を経営し、前記スナツク「◎◎◎◎」ではホステスとして働いていたこともあつたが、本件「○○○○」の開店に際しホステスが足りないこともあつて(開店当時は店名I子、J子の2名のホステスしか居なかつた。)、実弟被告人Y3に同店の応援を求められ働くこととなつたのであるが、仕事の内容は他のホステスと同一ではなく、体調のすぐれない実弟に代つて被告人Y1の業務を手伝い、従業員の面接に立ち会つたり(店名●●●●の採用の際には同被告人も面接したことを認めている。7月26日付司法警察員に対する供述調書)、閉店後Y1がする売上金の計算等を手伝い、営業時間中は客の接待よりも料理や水割りを作るなど裏方の仕事を主にし、被告人Y1の意を受けて他のホステスの配置やチラシ配り等を指示するなどしていた。さらに、被告人Y2は、当時自宅として賃借していた同市小倉南区△△b丁目c番d号の借家を以前からスナツク「◎◎◎」」のホステスの寮として使用していたが、被告人Y1、同Y3の依頼で本件飲食店のホステスの寮として提供することを承諾し、住み込みを希望するホステスの世話をしていた。賃金については、右のような事情から、一般のホステス、従業員は勤務時間に応じた額が支払われていたが(支払日は当月分を翌月10日に支払う。)、被告人Y1については、一応一定額の支払が定められ、その余は利益が生じた都度被告人Y3と折半して分けると取り決められ、被告人Y2については、賃金として一定の額が定められていたものの、本件当時は開店後間もない時期であり利益もあがらなかつたため、一時小遣いとして数万円を被告人Y3から受領しただけで、他のホステスのように定期的に勤務時間に応じた賃金は支払われていなかつた。以上のようなことから、「○○○○」の開店に際し、被告人ら3名は相談のうえ、被告人Y3を専務(あるいはマスター)、被告人Y1を部長、被告人Y2をママとそれぞれ呼ぶこととし、それぞれの肩書を称した名刺を印刷し、他のホステス達はそのように被告人らを呼んでいた。

右事実に照らすと、被告人Y3は、判示のとおり本件飲食店の実質的な経営者と認めるべきであり、一応店の営業全般についてこれを被告人Y1に委ねていたというものの、同被告人に指示し、あるいは自ら店に出勤するなどして店の営業に関与していたことが明らかである。また、被告人Y2は、店の営業に関する最終的決定権限はないにしても、同被告人の年齢、経験、実質的経営者である被告人Y3との身分関係(姉弟である。)等に照らすと、常時店に出勤することのできない被告人Y3に代つて、営業責任者である被告人Y1の業務を補佐していたものと認めるのが相当であり、到底弁護人らが主張するような一介のホステスであつたとは認め難い。そうすると、本件飲食店は、実質的経営者であるY3と営業責任者である被告人Y1の協議によつて基本的な営業方針等が決定され、被告人Y1が現実の営業に関する業務一切を担当し、被告人Y2が被告人Y1の業務を、補佐し、あるいは自宅を寮に提供するなどしてこれに協力し、結局、被告人ら3名の協力によつて運営されていたと認めるのが相当であり、これに反する弁護人らの前記主張は採用しない。

2  使用、従属の関係について

前掲証拠によれば、次の事実が認められる。

被害児童A子は、本件以前佐賀市内のパチンコ店で働いていたが、昭和59年6月10日頃その稼働先を両親及び雇主に無断で家出し、仕事を捜しに小倉へ来ていたが、雑誌の募集公告で本件「花の妖精」に応募し、同月12日午後9時頃同店内で被告人Y1の面接を受けた。面接において、同女は、右のように家出中であつたため、両親に通報されることを恐れて身元確認についてまず尋ねたところ、住民票等の厳格な証明はいらないという返答に安心し、さらに、住居もないので住み込みを申し入れたところ、前記のとおり被告人Y2宅が寮であると説明を受け、勤務条件等の説明を受けた後同被告人に紹介され、翌6月13日から勤務することとなつた。A子の採用について、被告人Y1は、一応これを独断で決定し、後に被告人Y2、同Y3に事後報告したが、被告人Y3に年齢を確認することを指示されただけで敢えて反対はなく(年齢の確認は、博多の姉代りと称する女性に電話をしただけであり、年齢については聞いていない。)、A子が面接の日及びその翌日市内のホテルに宿泊し、同月15日からは住み込みを申し入れてきたことなどから、被告人Y1は、同女が家出中であると推測したが(同被告人の8月8日付司法警察員に対する供述調書)、そのまま雇い入れることとした。同店の営業時間は午後6時から翌朝午前5時頃まで、その間、ホステスの仕事は、暇な時には関店後間もない店の宣伝のためaビル1階の道路付近で歓楽街を通る通行人にチラシを配つたり呼び込み等をし、店内では、カウンターあるいはボツクスで飲酒客を接待し、カラオケを歌つたり、酒食を提供したりすることであつた。A子は、このような仕事の経験は初めてであつたので、当初はおしぼりを洗つたり、前記チラシ配り等をしていたが、やがて慣れてくると他のホステスと同様に飲酒客の接待をした。閉店後ホステス達は店内で食事をし、通いのホステス2名以外の住み込みのホステス達(被告人Y2のほか同月15日頃は、A子、店名I子、同J子がいた。)は、タクシーあるいは被告人Y3の送る車で前記小倉南区△△の被告人Y2宅に帰り、入浴などをすませて就寝した。同女らは、夕方頃起床し、前記小倉北区□□の被告人Y2の両親宅へ行き同所で食事をした後、被告人Y2以外のホステスは始業時間までに出勤し、右被告人は家族と談らんして遅れて行くというのが毎日であつた。もつとも、A子が住み込んで数日後、被告人Y2の両親が韓国旅行をすることになつたため、残された中学生の弟妹の世話をするため被告人Y2が前記小倉北区□□の両親宅へ留守番に行かざるを得なくなつたが、他の3名のホステス達もその間同被告人に同道し、□□の家に寝泊りすることとなつた。このように、住み込みのホステス達は住居及び食事の提供を受けていたが、寮費及び食費として月額3万円を賃金の中から差し引かれていた。勤怠について特に罰罪等の規定はなく、勤務時間以外は外出も自由であり、休暇は一応年中無休となつていたものの、土曜日等客の多い日以外は申し出があればとれるというたてまえであつたが、A子は、その勤務期間中一度も休暇をとつたことはない。

ところで、児童福祉法34条1項9号にいう「自己の支配下に置く」とは、児童の意思を左右できる状態のもとに児童をおくことにより使用、従属の関係が認められること(東京高等裁判所昭和41年(う)第2136号、同年12月28日判決、下級裁判所刑事裁判例集第8巻第12号1543頁参照。)と一応定義できるとしても、具体的にどのような行為がこれに該当するかは各事案ごとにその立法趣旨等に照らし、個々に判断するよりほかはない。確かに弁護人らが指摘するとおり、本号は、児童に不当な従属関係を強制し、児童の心身に有害な影響を与える種々の行為をさせようとすることの取締りが立法当時の目的であつたといえるが、その後の社会情勢や風俗の変化にともない、児童に行わせようとする有害行為や支配の形態も複雑多様化し、殊に功妙になつてきている(弁護人が例としてあげる靴みがきやモク拾い等は現在では殆んどみられないといつてよい。)。したがつて、児童の心身の健全な育成、保護を図ろうとする本号及び児童福祉法の趣旨、目的に照らすと、本号の定める支配性すなわち使用、従属の関係の判断には、目的とされた有害行為の有害性の程度を考慮しつつ、これとの相関関係である程度幅のあるものとして解することも已むを得ないところである。

これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、A子に課せられた仕事の内容は、18歳未満の児童の心身に有害な影響を与えるものであることは言を俟たないところである。弁護人らは本件は正当な雇用関係に基くものであると主張するが、このような児童の心身に有害な影響を与える行為をさせることを目的とする雇用契約は、単にその契約が両親(法定代理人)の同意がないというだけでなく、それ自体で正当な雇用関係にあるものとは言えない。また、本号の支配とは、客観的に児童の意思を左右しうる状態に置けば足り、児童の意思を現実に左右したか否かは問うべきでないから、本件のように児童の方から積極的に雇用を申し入れ、外出及び休暇がある程度自由であるからといつて、直ちに支配性を否定することにはならない。結局、本号及び本法の立法趣旨、目的に照らし、前記有害行為との関連で本件の支配性、すなわち使用、従属の関係があるかどうかを判断すべきことになるが、前記認定のとおり、A子は家出中であり、それゆえ同女は身元を厳格に確認せず、かつ住居を提供してくれる就職先を捜していたこと、被告人らもA子が右のような事情にあることに気付き、あるいは当然気付くべきような状況にありながら、前記のような有害行為をさせることを目的に同女を雇い入れたこと、前記のような低廉な費用で同女に食事及び住居を提供し便宜を供与したことその他諸般の事情を考慮すると、本件は児童であるA子に心理的な影響を及ぼし、その意思を左右し得る状態に置き、被告人らの影響下から事実上離脱することを困難にさせたものと認めるのが相当であつて、被告人らの本件所為は児童福祉法34条1項9号にいわゆる児童を「自己の支配下に置く」(すなわち使用、従属の関係に置く)ものというべきである(最高裁判所昭和55年(あ)第1031号、同56年4月8日第一小法廷決定、刑事裁判集221号407頁参照。)。よつて、これに反する弁護人らの前記主張は採用しない。

二  弁護人らは、被告人Y2の司法巡査(1通)、司法警察員(3通)及び検察官(2通)に対する供述調書は捜査官の脅迫、偽計等による供述で任意性がないと主張するが、証人Kの当公判廷における供述によつてもそのような事実は認められない。かえつて、右各供述調書及び同被告人の当公判廷における供述を検討すると、同被告人は、供述内容の重要な部分(A子の面接には立会つていないこと、店での立場は単なる手伝いであること)については捜査段階から当公判廷まで終始一貫した供述をしてるとさえいえ、供述調書の任意性を疑わせるような事情は、本件各証拠を検討しても認められない。よつて、弁護人らの右主張も採用しない。

(法令の適用)

被告人らの判示所為はいずれも刑法60条、児童福祉法60条2項、3項第34条1項9号に該当するところ、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人Y1、同Y3をいずれも罰拾10万円に、被告人Y2を罰金7万円に処し、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、刑法18条により金2000円を1日に換算した期間被告人らを労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項本文、182条により被告人ら3名に連帯して負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 大石一宣)

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